なみのうず – ユクサ物語 – 予告編
なみのうず – ユクサ物語 – ショート・ドキュメンタリー本編
音楽 : DOUBLE FAMOUS
2017年、残暑も酷暑な鹿屋の8月も終わりの頃
激しく回る扇風機の風音著しいのは承知の上で一本の電話に出た。
バッさん だった。
彼は設計事務所を営み、様々な活動に力を入れている。
いわゆる活動家、タイプではないが不思議と何かの中心におり
メディアにも小慣れた 鹿屋では稀有な存在の一人である。
特にイベントの運営には力を入れており
実際 その映像記録を頼んでくれたり、
偶然ばったり出くわしたりとか
何かと縁のある人だ。
菅原小学校って知ってる?
あの海辺のあの辺りだ、というのはすぐにピンときて
でも一度も行ったことはない。
それだけ鹿屋ってとこは広いのだ。
で、その学校は数年前に廃校になっていて
そこを活用した新しいプロジェクトを始めるので
PRの映像を制作できないか、なぁぁ
という趣旨の電話内容であった。
特に商談成立といった感じではなかったが
蒸し暑いだけの編集室では全くイメージが湧きませんので
カメラ提げて半分ロケハン、半分気分転換で
菅原地区へ向かう。
到着後まもなくイメージ・パンクの状態に陥り
すぐにロケ日が決まっていった。
それくらい周辺ロケーションの力は圧倒的で、嬉しかった。
ロケの前日、時刻は真夜中の1時を超える頃
僕は学校に到着して星空を撮る準備をしていた。
丑三つ時の小学校
幼少の頃、自宅のトイレの前の置き人形が苦手で
何度もお漏らししていた この私が
全くなんのストレスもなく校庭を歩き、程なく星を撮るための
セッティングは済んだ。
月明かりが柔らかい。
ドローン班の坂口潤成と入りの約束をした午前6時
それまでの間、車中きっと震えて目覚めたままなのだろうと
腹くくったものの
少し強めのノックで起こされた。
カリブを思わせる青い一日が始まる。
自転車乗車のイメージ・モデルとして急遽参戦してくれた
ケンゾーさんは収録の合間、正門近くの桜の樹の下で
大の字になって休んでいた。
そんな彼も今は この施設の人となった。
翌年の施設オープンに向けての名刺がわりになればと
その日撮影したロケーションメインの第一弾の映像は
webを通じて世の中へ出て行くのだが
撮影中にあることに気がついた。
この辺の人たちに始めにご覧いただきたい、
それが筋や
運営側と制作側のつなぎ役として
施設のwebを手がける BONDS代表 吉野真生氏とは
そこからの縁だ。
彼は見た目は親指のようでとっつきやすい人物で
人の心にすっと入り込むのが自然、先日も初見のアメリカ人に
日本の芸を仕込んでいた彼は、玉置浩二を良くハミングしています。
早速地元の町内会長と接触し、対話を重ね
町内の寄り合い後の上映の時間を設けさせていただけた。
僕は高隈の人間やっで、この辺の良かとこがまだまだあるはずやっで
遠慮なく教えてください!
上映後ほどなく、一人のご老人が
屋上に登れば近くの花火大会を一望できることを
耳元でこっそり伝えてくれた。
泣けた。
こうして片田舎の一映像制作人が
この施設 ユクサおおすみ海の学校を運営して行く
株式会社katasuddeの人たちと
周辺地域で暮らす人々の暮らしに
出会って行くのである。
本編ショート・ドキュメンタリーは そのユクサおおすみ海の学校
開設までを追った映像作品です。
暮らしには、衣食住の音色は欠かせなくて
地域の特産である カンパチ養殖やキヌサヤ生産など
多くの方に出演・取材の協力を頂きました。
船を出してくれた垣内さんは水中カメラを手に持って
水深5mのいけすに何十分も潜りカンパチの様子を撮影していただいた。
初めは親睦を深めるという名目で積極参加していた
町内のイベントも数を重ねるごとに
お互いの距離が縮まって行くのを目の当たりにしていく。
オープン直前には DIYと宿泊体験ということで
県内外からたくさんの若者が集い、汗を流し、対話し、地場の食に
舌鼓を打ち、躍動感を残して帰っていってくれた。
そのどれもが美しくて、貴重で、映像作品として、あるいは
重要な歴史資料として第3弾は嘘のないドキュメントで行こうと決め、
音楽はその地域の空気を含むことのできる DOUBLE FAMOUSに
大山さんを通じて楽曲使用をお願いしました。
DOUBLE FAMOUS 主催の坂口修一郎氏は 事情を話すとこれを快諾してくれて
華やかな作品に到達することができた。
諸事情により、本項とSNS配信とでは楽曲が異なりますが
どちらにせよ表現したかったことが
存分にできています。
そして 2018年 7月15日に オープニング・イベントを迎え、
本作もそこで上映することができました。
即興のスクリーンを設置するにあたり、施設側のスタッフさんに加え、
研修旅行に訪れていた 東京の建築設計会社 BLUE STUDIO の皆さんが
日中のイベントお手伝いの疲れを引きずってまで手を貸して頂いたおかげ様で
あっという間に上映開始。
感慨無量
色々なお声を頂いた。
嬉しいお声を。
イベント・ラストの スタッフである繁昌くんの振り絞るように出てくる
お礼の言葉たちがその感情にシンクロしていった。
その一連の中でも
衝撃、感銘を受けたのは先も述べた
BLUE STUDIO という組織の姿だった。
実はBLUE STUDIOは 鹿屋の複数企業と共同で
ユクサおおすみ海の学校を運営している東京の企業。
今までのユクサの映像を制作するにあたっても多岐にわたり支えてもらっている。
今回は総勢40数名の社員の皆さんがユクサに宿泊して、
各チームに分かれ
鹿屋・おおすみを舞台に
どんな面白い遊びができるかを収支まで算出して研修するという
それほんとに旅行なん、 というガチ企画を敢行し
僕はその情熱と遊び心のうまさ、何より彼らのこの土地への
リスペクトを目の当たりにすることになる。
今までの映像素材として海は十分な表情がありますが
山がない。 山と向き合っていない。
それで、最初は滝巡りトレッキング・チームに同行させて
もらうことになり、一路 吾平・神野へ。
施設周辺地域を10チームに分かれ研修する企画、僕は
地の知の利を生かし、日中行われる全てのプロジェクトを
映像に収めようとしていた。
なんとなく公言したりした。
何度か水汲みに訪れたことのある 鹿屋市・神野 地域
中岳という標高600mほどのお山のトレッキング道中に
滝が4つ現れ、その滝を巡るという
カジュアルなスピリチュアル
このなんとも子気味の良いフレーズを掲げ
滝巡りチームは好奇心と笑いと共に軽快に足を進める。
1本目の滝、あっさり到達。
次の撮影のこともあり、内心焦っていたが
少しホッとする。
下山の時間も考え
撮影は4本目の滝でひとまず終わろうという段取りだった。
ところが2本目の滝に中々届かない。
標高の高い山の林道とはいえ 年間通してかなり気温の上がる時期
足元も岩がごろつく中々にハードな登り道。
少しずつ、会話も減る。
なんとか足元に向けカメラを回す。
結構、キテる。
2本目でも滝自体は撮れたし、
編集でどうにでも表現できるし、
次で下りてもいいよね
なんとか平然を装いながらも
呼吸も荒くなってきたし、いよいよ脳みそはネガチブ・モードに突入
チームに対する言い訳も考え始めていたら
2本目の滝に到着した。
滝へは、川に沿って走る林道から割と急な斜面を下ってロープ伝いに
渡るのだが、最後尾のレンズには木々と清流と陰陽の織りなす見事な
景観が飛び込んできた。
靴を脱ぎ 青緑の水流に足を落とす
少し止まる
それだけで体力は回復する。
体力が回復すると前向きになる。
これは最後の滝まできっちり撮ろう。
実はこの時点で完全に スピってたんすね。
覚悟はしていたが、そのあとの滝へは割とすんなり到達できた。
で、4本目で待望の ご飯。
もともと昼前には下山して次の撮影にという段取りでしたので
自分でお昼の用意はしていなかったし、今日初めて会った人たちに
ご飯分けてなんていえないし、まあ下りてからや。
ちょうど滝壺周辺に大きな一枚岩がぽっかり顔を出しており
チームはそこで淡々と昼食の準備を始めた。
中々に手際よく、鹿児島ということで鰻も焼き始めた。
その辺のセンスが子気味良かったし、akihiro woodworksの皿も使っていた。
ほほう、と驚いていたら何とその皿にひときわ多く盛られたのが
僕の分のご飯だったのでした。
いただきます即答、感謝だけ述べて早速いただく。
感想は入りませんね。
そして締めに、チームが企画・デザインしてきた
KAMINO COFFEE SPRITUAL BLEND を
丁寧に淹れてくれた。
これも感想は入りませんね。
お礼を述べ、2本目でヒヨったことをカミング・アウトし
一人先に下山したその頃、空は少し赤みがかっていた。
これで良かったんじゃないか。
ユクサのオープニング・パーティーを挟んで
最終日のプレゼンの場で
彼らのチームが下山途中にまた1本1本滝に立ち戻り
その水を汲んで
販売仮想モデルの一つとして スピリチュアル・ウォーターを
オーディエンスひとりひとりに配っていた。
ちっちゃな瓶に入れてお守り感を出しているところが
にくく、普段からの彼らの好奇心と想像力の高さを感じていた。
撮影、という名目で実に良い経験をさせていただいたし
これもユクサを追い続けた何かひとつの結果の現れなのか
何かひと区切りできたような
南国の昼下がり海の学校
40数名が帰っていったビビッド・ブルーの空を
見上げてそう考えていた。
同行していた数日間、僕自身 BLUE STUDIOの皆さんや
katasuddeの皆さん、真生兄、なるたけの皆さん、ユクサの皆さんに対し
スピーチするタイミングが何度も合ったにも関わらず、マイク握るのはなにぶん苦手で
伝えたいこと伝えずに終わってしまって不甲斐ないのですが
ここで感謝の意だけは述べさせていただきたい。
貴重なものをたくさん見せてくれ置いていってくれ
どうもありがとうございました。
倍返しします。